12月の飯舘村 / Iitate-mura in December

12月の始めに浅草Gallery ef 有志‘チーム銀次’で福島県飯舘村、計画避難地域に取り残された犬や猫の世話のボラに行って来た。

前回は4月初旬の雪の後に行ったきりだけど、8ヶ月はあっという間だった。
Izumiさんたちは9月にも行っている。
飯舘村の計画避難地域の回る家は飼い主さんはすでに避難され、飼い主さんが任意の場所だけ回ることになるのだけど、飯舘村といっても数地区から構成され、場所によっては山を一つ越えたりですることもありとても広く感じる。
事前のIzumiさんん話では前回よりも状況は悪くなっているとのことだった。
4月に世話した数頭の犬が既に亡くなっているとも。
標高がある飯舘村では12月の早朝などマイナスまで気温が落ちるはず。。
亡くなった犬というのは憶えてる。
4月時点で気力が無くなってしまったような1匹と縁の下から出てこない1匹だ。
ボランティアさんが手分けして餌やりをしていたり、飼い主さんも定期的に様子を見に来ているそうだけど。
人気が無くなった家の敷地で誰にも見取られずに亡くなっていたことを想像すると心が痛む。

12月の第1火曜日、浅草efに朝3時、ミユキさん、まどかさん、Izumiさんと集合して荷物を積んで飯舘村へ。
6時くらいにはもう着いていたような。
下りなのであっという間に着いてしまう。
朝でも東京とそれほど気温は変わらなかった。
前回から道や家の位置などあまり憶えていなかったけど、少しでも餌や水をやり散歩をした犬や猫の記憶は再会すると4月に初めてそれぞれに出会ったときが鮮明に思い出される。
回った家の犬や猫も想像を超えた状況下で3年近く命を繋いでいるけど、それもほんの一部のはず。
幸いなことにはガリガリに痩せこけたのは見ないのだけど、自由が利かない分運動不足あのか散歩で息を切らす犬が数頭見られた。
散歩といっても1匹に割く時間は限られ、通りに出てきりの良いところまで行って返って来るのがやっと。
それだけの行為でも今の彼らにはとても貴重な運動だ。
少人数で回ってるボランティアでは到底全ての散歩は困難だ。

その日はお昼くらいから1,2時間雨。
夕方から卸という暴風が山間部から吹くとのことだった。

お昼はefが用意してくれたお握りなどを町役場のロビーで頂いた。一人6個位の配給を頂いたけど全部平らげた。
町役場には人はまばらでも、時折住民の人らしき人々が行き来している。
役場の職員さんも親切だった。
ロビーにはかつての飯舘村の季節のイベントの模様の大きな写真が飾ってあり。
バーベキューや鮎の塩焼きで楽しむ村の人たち光景は今の状況からは、なんともやるせなさを感じてしまった。
原発事故前は飯舘村は福島の軽井沢のような避暑地と自負する村民の方もいたそうだ。
人影もめったに無く田畑も草木が覆い茂った光景が外部から来た自分には当たり前の光景になってしまったけど、ここで3.11前に生まれ育ち以前の光景が本来の住民の人々が今の村をどう見ているのだろうか。
来年には待ちわびたように全国各地で原発再稼動の申請が予定されている。
長年の原発と共存してきた立地自治体にとっては、それ以外に活路が見出せない状況に追い込まれてしまっているのだ。
福島の山間に飯舘村のように国や大都市から見捨てられたようになっている、かつては桃源郷のような場所があるということは多くの人は多かれ少なかれ聞いているだろうけど。
そこに今視線を注ぐことはあらゆる面で都合が悪いのだ。それは今後さらに加速することが予想される。

先ほど村の中では人は疎らと書いたけど、生活者はほぼ見ることは無い。
しかし少し不思議に思ったのは土木工事の車両は頻繁に行き来し、誰もいない地区の体育館の改修工事に関係者が入り、除染作業も所々で継続されていた。
実際いわゆる高汚染地区と言われている飯舘村に入って感じるのは、どこまで人が将来的に返って来るか疑問の反面、強力な放射線でも五感を超越してしまっているので住めそうな気にもなって来る。
1日もその地にいると線量がどこが高いとかいたって気にならなくなり、あんな事故なんか悪い夢のようにさえ思われてくるのだ。自分がその立場だったらどう行動するか。そんなこともこの地を訪れる外部の人には突きつけられるのかも。
回った家の中には2世帯型の新築の立派な家も取り残されている。

午前中に犬が集中する地区を終え、農家では数匹の多頭飼いは普通なので、その地区の1軒の奥に行くと数頭繋がれてたりするのだ。最初行ったときは次から次と犬が出てきてビックリした。
今回再会した犬猫のほとんど4月時点と変わらず元気で、その生命力のたくましさに胸を撫で下ろす気持ちになるが、
彼らのこの先の見通しは立っていないのだろう。
猫は繋がれていない分まだいいのだけど、ひょんなタイミングで交通事故などがちょっと危惧される。
朝にも一匹まだ新しいひかれた猫を発見し、奥まったところに分け入り掘って葬った。

とかく悲観的になりそうだけど、現地に行けば村民の見守り隊の人々も活動しているし、役所もオープンしてる。
美しい自然もあり。動物たちも必死に命を繋ぎ続けている。
そして飯舘村の周辺ではコンビニやスタンドも前回よりも数件再開していた。
ばら撒かれた高濃度の放射性物質を容易に無くなることは無いけど、こういった地域に今だからこそ長期的な関心や多くの視点、また実際現地に足を運び見ることで何らかしら少しでも改善点やより良い対処の方法が見つかって行くのではと前回に増して思った。
現地に行くというとを無闇に推奨するわけでは無い。
また年明けから危険な燃料棒の取り出し、移動の作業は再開されるし、放射線の見えないダメージを決して軽視してはいけないのは確かなことだ。

今回のそれぞれのエピソードは文章にはしないけど、撮って来た現地の写真や残されている友の姿を見て貰えると嬉しい限りです。

飯舘村で活動する日比さんブログ

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December 2013

It is already just before Christmas in 2013.
About 10 days is left in this year.

I was watching live streaming of the funeral of Nelson Mandela in Sunday afternoon.
More than 90 giant candles are placed front of Mandera’s cofin.
I guess that one candle may take for a year to extinguish by itself.
So all candles expressed the length of the Madela’s life.

The candle of 2013 is about extinguish.

Many things are happened in this year as well.

After 3.11 earthquake in 2011, we have entered era of significant change throughout society.
Actually it has been always happened since after WW2.
But that was hidden behind the just name of peace and democracy.
And the most important thing became money through spectacular economic growth and bubble period.
There are thousands of hidden victims behind the society.
But I was never willing to look very carefully around the society before 3.11.
In fact I am a part of both side of perpetrators and victims.

Finally Secrecy law A.K.A ‘ The Public Order and Police Law in Heisei era ’ was passed the diet on 6th Dec.
The most of citizen against this bad law and massive people surrounded the pirlament and protested around 6th.
But the administration party and a number of the opposition party approved in the diet around 23:30 on 6th.
Massive people yelled around the Parliament and a several were arrested.

This bad law will be started a year late.
Everyday life was not changed yet.
The power may be unimaginably huge, not only Nagata-cho and Kasumigaseki.
It depends on us how to direct and make life in the future.

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Jute Magazine Vol.Ⅲ/ USA

Jute Magazine Vol.Ⅲ- ISSUU

jutemag_nov_trucks-66

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I.M. Magazine / Malaysia

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lie

昨日横浜の新聞博物館での企画展の報道写真家、福島菊次郎さん92歳の写真展を見に行ってきた。
一昨日、日曜は最終日。天候はあいにくのドシャ降りの雨。

菊次郎さんのドキュメンタリー、‘ニッポンの嘘’は数ヶ月前に世田谷で見ているけど、写真の作品を直に見るのは初めて。
作品には菊次郎さん自身の手作りのキャプションが一点一点に着けるけられている。
中には修正液の上に手書きで書かれたものもあった。
その中でも目が釘付けになったのは冒頭の広島の被爆者に密着した最初のシリーズだ。
これは国が一般には見せたく無い写真だろうなと思った。
その被爆者の戦後の凄惨を極めた病と餓死寸前の困窮生活を直視した菊次郎さんの視線は写真家といった肩書きなど関係無く、
鬼気迫るものがあり、時に人間味のあるのだった。
そしてその被爆者の生活を最も凄惨に追いやっているものが同じ人、同じ被害を蒙った人。
であることが改めて現代の生活でも、隣り合わせにある不条理と重ねて見てしまった。
‘おもてなし’、‘絆’の国が持ち合わす実像がそこにあった。

ここ数ヶ月、大阪でも戦争加害の展示物が撤去、広島の平和資料館の被爆人形が撤去決定。
先ほどニュースを見てると東京オリンピックでの国立競技場建替えにともない同敷地の学徒出陣の碑が撤去決定。
そのような碑があったことさえ知らなかったけど。VTRでは碑に集まる戦時学生時代だったお年寄りが千人規模くらいで集まる式典の模様など映し出されていた。

都合の悪いことは見ない。
臭いものには蓋をする傾向が著しく強いこの社会で菊次郎さんの生き方、写真に出会えたことは不幸中の幸いでもある。

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Autumn

The huge typhoon passed over Honshu main island in the mid this week.
Apart of Oshima-island damaged seriously.
A lot of houses were washed away and 16-17 people died by mudflow from the mountain side.
The images of the disaster in the island reminds me 3.11 Tsunami.
The problem is that not much information comes to in Tokyo and main island.
It is seemed happened far away.

After a day

Just red news about another strong typhoon could hit Japan in the mid next week.
already quite chilly in daytime.

I had my drawing/illustration class in yesterday.
Teaching work and create as an artist is sometime quite different.
Simply teaching faces other, creation faces oneself.
This relative experiences us difficulty of teaching and communicate to others.
Because art and creation has no answer.
If I feel to get answer, this is always changing across the relationship with all things.

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10月

さて書いたり、書かなかったり。
ここ数日真夏日より。東南アジアにいるみたいだ。
夜になってようやく気温が急に落ちつつある。
このブログも数日かかってしまった。

夏から諸々重なり、ようやくもう数週間経ってしまったけど1日だけ石巻と気仙沼に行くことが出来た。
気仙沼市ではその前の週から市街地に津波で打ち上げあられた第18共徳丸の大きな船体の解体が始まっていた。

東京から夜行バスで宮城県の沿岸主要都市へ行く夜行バスが運行しており、
新宿から石巻へ最初行くことにし、石巻からは沿岸沿いの交通を使って気仙沼まで北上することにした。
バスは行きも帰りも予約はほぼ満席。
当初JRの柳津から気仙沼まではバスでの代替運行になっていることに気がつかなかったが、
石巻からは前谷地で乗り換え柳津まで行くことになる。
あらかじめ時刻表を見ていったので、朝の各駅の接続は殆ど待ち時間を要さなかった。

石巻から鉄道は内陸に入るので調度米の収穫の時期で朝の光に輝く金色の田畑を見ることが出来た。
素人目で今年石巻周辺の米は豊作に見えた。

そこから、しばらくキーボードを打つ手が止まってしまう。
ツラツラト所感を書くべきか、手が止まってしまうのだ。
全てを失った状況は到底想像を超えている。

あえて想像できることは。
自分自身や周りの関係性も今も3.11で犠牲になられた人々の状況との境はないはずだ。

どんな人も想像も及ばない不条理と裏腹の上にそれぞれの営みを当たり前のように送っている。
人の生活というものはあらゆる要因や関係性が不可欠のように繫がり、なんてこともない平凡な生活に感じる日常が奇跡的に連続しているのもので。
それは掛け替えの無いものであり、微妙で儚くもある。
一度失ったものを取り戻すことは相当な困難を伴うだろうし、不可能であることの方が多いはずだ。

彼らの痕跡や今に思いを馳せるのは、
自分がその状況下になったときにどう対処するかといったことに思いを馳せることでもあり、
そういったことでも犠牲になった人たちに報いることの一つでもあるんではないだろうか。

ちょうど今日(昨日)は11日。
犠牲になった方々のご冥福と、今も困難の中にいる方々の一日も早い再建を祈って。

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Typhoon

It is already in the mid September.
Now I am staying at my working place and waiting for passing Typhoon around Tokyo.
It is supposed to get closer to Tokyo at the moment.
Wind and rain is very strong, but I have not got any damage around my local.

I guess this autumn could start after this typhoon.
Temperature is still in the mid summer. Sometime quite hard to work in my small studio.

This season is very busy.
Just trying to do my best for even one moment.
Hope I could have only one to leave to my working place in the next week.

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